食欲は2種類ある
いらない贅肉や脂肪がつく原因は食べ過ぎです。どうして人は食べ過ぎてしまうのでしょうか?気になる食欲のメカニズムから食欲を抑えるポイントまでをまとめて解説します。
このページは、書籍「一度太るとなぜ痩せにくい? 食欲と肥満の科学 (光文社新書) 著者:新谷隆史(初版発行2018/7)」を参考にして作成しています。
この本では、より詳細な根拠やそれを裏付けるデータをもとに「太る」メカニズムとそれを、阻止するアプローチ方法が、非常にわかりやすく説明されています。ご興味を持たれましたら、是非、本書の方をチェックしてくみてください。
生きるための食欲と、幸せのための食欲
贅肉を落としたいオトナ女子の天敵とも言える「食欲」。実は食欲には「恒常性」と「快楽性」の2種類あることをご存知でしょうか?食欲は基本的に体内のエネルギー量を調節するための仕組みで、空腹感によって食欲スイッチがオンになります。これが「恒常性」の食欲です。本来であれば空腹感が満たされれば食欲は無くなります。けれど、ダイエットに失敗した経験のあるオトナ女子なら「甘いものは別腹」という禁断ワードを1度は口にした覚えがあるはず。空腹感は満たされたはずなのに、目の前にある魅力的な食べ物やスイーツに誘惑されてしまうのが「快楽性」の食欲です。
快楽性の食欲は脳が発達した人間ならではの欲求
人間と同様に、動物にも体内のエネルギー量を調整する恒常性の食欲があることがネズミを用いた実験で分かっています。けれど、ネズミは空腹感と満腹感をコントロールしながら一定量のエサしか必要としません。一方で、脳が発達した人間には体内のエネルギー調整のほかに「心の空腹感」を満たす快楽性の食欲があります。食べ物で幸福感を得たいという精神的な刺激によって、食欲が強く働いてしまうのです。
快楽性の食欲を刺激する現代社会の甘い罠
快楽性の食欲は悪い面ばかりではなく、ストレス社会の現代において心の安定を保つ働きがあります。本来であれば快楽性の食欲で食べ過ぎてしまったとしても、恒常性の食欲が調整されて太ることはありません。ただし、食文化が発展し国内外の美味しい食べ物であふれている現代では、恒常性の食欲ではカバーできないほど快楽性の食欲が刺激されて食べ過ぎてしまうことがほとんど。結果、食欲を抑えることができず余分な贅肉に悩むオトナ女子が増加しているのです。
食欲を抑えるためには、恒常性と快楽性のバランスを上手にとれるよう意識することが大切。そのためにも知っておきたい恒常性と快楽性の食欲のポイントをご紹介します。
恒常性の食欲の仕組みとレプチンについて
体内環境やエネルギー量を食事で調整するための空腹感が恒常性の食欲です。体内のさまざまなホルモンや栄養成分の情報が脳に伝わることで、恒常性の食欲が作られていると考えられています。食欲のメカニズムについて詳しく見ていきましょう。
食欲を生み出すカギを握るのは脳内の小さな領域「視床下部」
食欲の仕組みに関する研究が進んだのは19世紀後半。自然科学の進歩で医学や生物学が発展し、食欲の刺激には脳の「視床下部」と呼ばれる領域が大きく関わっていることが分かりました。視床下部は、脳のほぼ真ん中のあたりにある親指の先ほどの小さな領域です。三大欲求と呼ばれる「食欲」「睡眠欲」「性欲」といった人間の生命活動のカギを握る重要な役割を持っています。
研究が進んだ当初は視床下部内の満腹中枢や空腹中枢とも呼ばれる「腹内側核(ふくないそくかく)」「外側野(がいそくや)」の2つが、食欲に関わっていると考えられていました。けれど研究が進むにつれ、食欲をコントロールするのは満腹中枢や空腹中枢以外にも重要な領域があることが明らかになったのです。
脳が脂肪量を監視している?レプチンの発見
1990年代から遺伝子の解析技術が急速に発展し、1994年には異常に太り続けるマウスから見つかった壊れた遺伝子の謎がアメリカで解明されました。その遺伝子は肥満を防ぐ働きがあるホルモンの設計図と考えられ、「レプチン」と名付けられることに。つまり、レプチンが壊れていたことで、マウスが異常に太り続けていたと考えられたのです。
さらにレプチンが脂肪細胞だけで作られているという発見により、過去にイギリスの研究者が提唱した脳が脂肪量を監視して食欲をコントロールしている「脂肪定常説」が裏付けられるまでに発展。この説では、何らかのホルモンの放出を受けた脳が食欲を抑えていると考えられており、実際にレプチンが脳の視床下部に働きかけて食欲を強力に抑えることが明らかになっています。さらにレプチンには交感神経を活発にし、中性脂肪の分解を促進することも判明しました。
脂肪量をコントロールするレプチンの働き
食欲を強力に抑えることで体脂肪の量を一定にコントロールするレプチンの発見により、食欲の研究はレプチンを中心に進められるようになります。当初、レプチンが肥満解消の特効薬になるのではと世界中から注目を集めました。けれど研究が進むにつれ、肥満状態が続くとレプチンが効かなくなる「レプチン抵抗性」と呼ばれる症状が生じることが判明。
肥満状態になるとレプチンの作用が十分に働かず、恒常性の食欲を生み出す仕組みが狂って元の適切な体重に戻らなくなると考えられています。結果、肥満状態が続いてしまうのです。
さらなる研究や技術の発展でレプチン抵抗性を解消できる可能性あり
肥満の状態では作用しないレプチンですが、それでも強力に食欲を抑えたり中性脂肪の分解を促進したりする働きは見逃せません。レプチン抵抗性の仕組みが解明されて解消できる方法が発見できれば、肥満の方の体内に大量に放出されているレプチンが作用して肥満改善につながるかもしれないのです。
そのため、世界中でレプチン抵抗性の研究が進められており、少しずつ仕組みが明らかになっています。ただし、残念ながら特効薬はまだ開発されていません。けれど科学技術の発展で研究が進むにつれ、レプチン抵抗性を解消できる方法が発見される可能性はあります。
快楽性の食欲と記憶の美味しい関係とは?
快楽性の食欲は、身体の健康のためではなく「美味しいものを食べて幸せになりたい」という欲求です。脳には美味しいものを食べると幸せを感じる仕組みがあり、逆に身体に悪いものに対しては不快になり不安や恐怖、怒りを覚えます。感情の変化により心拍数や血圧が変化することを「情動」と呼び、食事と深く結びついている情動が快楽性の食欲を生み出している源です。
食べ物の好き嫌いを決める「記憶」の重要性
「美味しいもの」とひと口に言っても、人によって好き嫌いはさまざま。何を美味しいと思うのかは個人の食事経験による「記憶」が大きく関わっています。たとえば貝やカキで食あたりをした経験のある方が貝やカキを敬遠しやすくなるのも、過去の記憶によるものです。
食べ物に関する良い・悪いの判断に関わっているのが、大脳の中に含まれる「偏桃体(へんとうたい)」です。偏桃体には過去の情動の記憶がたくわえられており、食あたりによる好みの変化も過去の記憶から偏桃体が「不快な食べ物」だと判断したからだと考えられています。
肥満の原因につながる報酬系回路とは
快感を生み出す報酬系回路の仕組み
動物に快感を与えるものを専門用語で「報酬」と呼ぶことから、快感を生み出す脳のシステムは「報酬系」と呼ばれています。中脳と大脳にある快感中枢「側坐核」をつなぐ神経線維は「報酬系回路」と呼ばれ、快感を引き起こす物質「ドーパミン」を放出しているのが特徴です。
報酬系回路は食事や性行為などで活発化されると、ドーパミンを放出。記憶をつかさどる脳の偏桃体や海馬などにドーパミンが伝達されることで、幸せを感じる快の情動を伴った記憶の形成に関わっていることが明らかになっています。
強い快楽性で依存症につながる危険性もあり
食事や性行為などから快の情動を生み出すことで生命維持や子孫繁栄につながっていると考えられていますが、注意したいのが「依存」です。タバコに含まれるニコチンをはじめ、コカインといった依存性のある物質にはドーパミンの濃度を上げる作用があり、それにより依存症を発症する原因の1つになっています。報酬系回路を活発化させる物質はニコチンやコカインだけではありません。食べ物にも報酬系を活発化させるものがあり、それが快楽性の食欲と大きく関わっています。
報酬系回路と快楽性の食欲の関係
報酬系回路を強く活発化させる食べ物には、カロリーの高い甘味物質や脂質があります。活発化した報酬系回路から放出されたドーパミンが大脳皮質や偏桃体などに伝達されて身体に良い食べ物だと判断されることで、強い快楽性の食欲が生み出されるのです。
一方で、グルタミン酸ナトリウムといったうま味成分には報酬系を活発化させる効果がほとんどないことが観察されています。実際に、うま味成分を多く含んだダシの効いた食べ物よりも、甘いものや脂肪分の多い食べ物を食べたときのほうが幸せを感じる方も多いのではないでしょうか。
報酬系回路の働きを抑えるレプチンとのつながり
強力に食欲を抑えて体脂肪の量をコントロールするレプチンには、ドーパミンの分泌も抑制する働きがあることが明らかになっています。つまり、レプチンが報酬系回路に作用することで、快楽性の食欲を抑えられるのです。実際にレプチンが十分に放出されている状態だと、甘いものや脂肪分の多い食べ物に対して食欲が起こりにくくなります。けれど、肥満状態が続いてレプチン抵抗性が形成されると、快楽性の食欲を抑えられずカロリーの高い食べ物を多く摂取してしまうのです。
肥満は身近な依存症の1つ
報酬系回路は薬物依存症に大きく関わっていると言われていますが、薬物だけではなく身近な食べ物でも依存症は発症します。たとえば「むしょうにチョコレートが食べたい!」と感じたことはありませんか?これは食物渇望と呼ばれる現象で、依存の一種だと言われています。特に砂糖と脂肪分を多く含むチョコレートは、食物渇望を起こしやすい食べ物の代表です。さらに甘みと脂肪に対する依存が一度ついてしまうと、長期間に渡って依存状態から抜け出せないことが明らかになっています。
甘みと脂肪に対する依存症から抜け出すのはかなり困難
ネズミを用いた実験で甘いものや脂肪分を多く含むエサを長期間食べさせたところ、甘いものや脂肪に対する依存症を発症。その後、エサを絶ってから2週間経過しても依存状態がほとんど解消されないことが明らかになりました。コカインに対する依存症を起こしたネズミが3日程度で依存が消失した結果と比べると、甘みと脂肪分に対する依存から抜け出すのは麻薬以上に難しいと言えます。
肥満も依存症の1つだと認識することが大切
薬物依存症を発症する原因に、報酬系を繰り返し活発化させて働きが弱まったことによる「慣れ」があります。刺激に慣れてしまったものの、脳が薬物を摂取したことによる快の情動を覚えているため、もっと快感を求めようと薬物の摂取量が増えて依存につながってしまうのです。
実は過食による肥満も同じです。過食で高度な肥満になると快感を引き起こすドーパミンが効きづらくなります。報酬系が働きにくくなることで、食事をしてもなかなか快感が得られません。けれど、脳が食事による快の情動を覚えているため、過食したり、快感を得やすい高カロリーの甘いものや脂肪分の多い食べ物ばかりを食べたりと依存症を発症しやすくなります。その結果、痩せにくい身体になってしまうのです。
食欲を抑える秘訣は「我慢」ではなく「記憶」
肥満につながる快楽性の食欲は、大脳皮質や偏桃体、報酬系など脳内にあるさまざまな領域が共同で働くことで引き起こされます。その中でも、カロリーの高い甘いものや脂肪分を多く含む食べ物が報酬系を活発化させやすく、強い快楽性の食欲を生み出す原因です。
それでは、どうすれば強い快楽性の食欲を抑えて食べ過ぎを防ぐことができるのでしょうか。甘いもの断ちや食事制限をしようとして失敗した経験のあるオトナ女子に注目して欲しいのが「記憶」です。実は食事量のコントロールには記憶が大きく関わっていることが明らかになっています。
満腹かどうかを判断する記憶と食欲の関係
テレビを観ながらお菓子を食べていたら、気づくと食べ過ぎていたという経験のあるオトナ女子もいるはず。実際に「ながら食べ」をすると食事量が増えることが、多くの研究結果で明らかになりました。原因は目の前の食べ物から注意がそれることで、脳がどれだけ食べたかを記憶しにくいためだと考えられています。
認知症の過食や暴食といった症状も、食事をしたことを忘れているのが原因です。また、記憶形成に重要な役割を持つ海馬に損傷がある患者が提供されるまま何度も食事をとる症例も報告されています。つまり、満腹かどうかの判断には記憶が大きく関わっているのです。
食べ過ぎを防ぐポイントは記憶の活用にあり
2002年にイギリスで行われた実験で、食事に対する強い記憶があると食欲を抑えられることが分かりました。実験では被験者にピザを食べてもらった後、2つのグループに分けて1つには思ったことを何でも書いてもらい、もう1つにはピザについて思ったことを書いてもらうことに。その後ビスケットを与えたところ、ピザについて書いたグループのほうがビスケットの摂取量が少なかったそうです。
食べたピザをしっかり認識したことで脳が活性化されて、強い満腹感を生じたためだと考えられます。つまり、自分が何を食べたかをしっかり脳にインプットすることで適度な食事で満足感を得られ、食べ過ぎを防げるのです。たとえば、食事後に食べたものをメモにとっておくだけでも脳が食べたものを認識して、間食の食べ過ぎ防止につながります。結果、太りにくくなり肥満解消にもつながりやすいため、記憶を上手に活用して食欲をコントロールしてみてはいかがでしょうか。